長野県軽井沢の地に、星野温泉旅館(現在の星野リゾートの原点)が開業してから今年で105年目を迎えます。1904年、元は生糸業を営んでいた星野国次氏が、文化人たちの別荘地として発展し始めた当時の軽井沢に温泉のニーズがあると読み、温泉の掘削を開始。1914年に星野温泉旅館を開いたところから、この一大ホテル旅館運営会社は始まりました。
その四代目の経営者 星野佳路氏率いる星野リゾートが、2019年2月にオープンしたのが、ミレニアル世代に向けたホテル「BEB5 軽井沢(ベブファイブ カルイザワ)」です。ホームタウンの軽井沢に星野リゾートが新しいホテルを開くのは、実に14年ぶり。しかも今までの客層とは異なる20代〜30代前半のゲストを主軸に据えています。
施設の不動産を所有せずに、運営に特化することで飛躍的な成長を遂げるなど、新しい視点で日本の旅産業をリードし続ける星野リゾートが、「BEB5 軽井沢」で何を提供するのでしょうか? このホテルの魅力や、これからの時代の宿泊サービスについて、「BEB5 軽井沢」総支配人の金子尚矢さん(BEB5立ち上げ時〜2019年3月まで就任)と、大塚駿亮さん(2019年4月〜就任)にお話を伺いました。
20代・30代が主役になる旅とホテルの形
−BEB5 軽井沢のコンセプトや魅力について、また、なぜ今このタイミングで、星野リゾートがミレニアル世代向けのホテルをつくったのかについて、教えていただけますか。
金子さん:星野リゾートのビジョンは「ホスピタリティーイノベーター」というものなんですが、生業の中心は常に宿泊業であり観光産業です。その今後を考えた時、ここ10年程の間に、日本の若い世代が「宿泊を伴う旅をする」割合が減ってきているという事実があります。
今まで20代の男女の約60%が宿泊旅行をしていましたが、この10年で50%くらいまで下がってきたんですね。他の世代でも減少傾向にはあるんですが、私たちは今まで「星のや」や「界」をはじめ、40代・50代向けの施設は展開してきましたし、そこへ向けて旅行を楽しんでいただこうという提案はしてきました。これから先の20年、30年を見た時に、やはりこの観光産業のマーケットを支えてくださるのは20代・30代の方じゃないかと。その方々が、旅行の楽しさを知らないまま歳を重ねてしまうと、マーケットがどんどんシュリンクしていってしまう。
一方で、海外からのインバウンドが来ているからいいんじゃないのという考え方もあるかもしれないですが、国内の旅行産業の売上げは、まだ8割が日本人なんです。インバウンドは急激に増えてきてはいるものの、まだシェアとしては小さく、基本的には今の国内のこの産業は日本人によって支えられているんですね。これは当分の間は変わらないだろうと思われます。
といった時に、やはり20代・30代の旅行意欲が低下していくのは、私たちが身を置いている業界として見過ごせない。なので、私たちが今まで着手できていなかったこの世代に向けて、新しい提案ができないかというチャレンジが、今回このBEB5 軽井沢をつくったいちばんの背景です。
−そういった問題意識は社内から上がってきたんですか?
金子さん:内々では上がっていましたが、代表の問題意識も大きかったですね。今までも「界」という温泉旅館で「若者旅プラン」という20代向けのプランを販売していたんです。20代にも温泉旅館をとにかく経験してもらおうと、価格も抑えた形で。ただ、そのプランは、あくまで温泉旅館のマナーや懐石といった日本文化を、ちょっと背伸びして体験してもらおうという内容だったんです。
ですがBEB5 軽井沢では、日本文化を学ぶ機会を提供するというよりは、もっと20代・30代が主役になって楽しめる場をつくりたい、というのが今までの動きと大きく違う所です。彼らは今、どんなニーズを満たせていないのだろう。どんな時間を過ごしたいと思っているんだろう。そこにフォーカスしたホテルの形って何なのかを考えたのがこの施設です。代表も思い切ってやっていこうと。我々にはそこにノウハウがないから、失敗してもいいから、従業員含めて今の20代・30代が良いと思うものをとにかくやってみる実験の場みたいなものとして始めようと。
−そのぐらい挑戦的なことだったんですか?
金子さん:そうです、本当に。今までダメって言われていたことも「OKなんじゃないの?」と代表の方がスピード感が速くて、こっちは戸惑いながら。コンテンツを考える上でも「これやって良いのかな」と模索しながらやっていった感じです。「なんでそんな大人しいことを考えるんだ!」なんて言われて(笑)
−お膝元の軽井沢で新しいチャレンジをするということにも、何か意味があったんですか?
金子さん:やはり自分たちのホームなので、挑戦しやすいというのはありますね。自社の日帰り温泉やレストランなどと連携できますし、ブライダルもあるので参列の方にもお泊まりいただけますし。ある程度のお客様の数を確保しながら挑戦していく場所としてはやりやすい。軽井沢というマーケットはやはり強力なので。
仲間と過ごすルーズな時間を提供
−新しい世代に向けて場所やコンテンツを提供していくにあたり、大変なことはありましたか?
金子さん:宿泊意欲がそこまで高くない方々に旅行を促すためには、いわゆるホテル的なことをやっていても難しいと思うんですね。ここまで来ていただくモチベーションをどうつくるかというのが、最も考えるべき所です。
私たちが使っているキーワードが「居酒屋以上、旅未満」。BEB5 軽井沢のコンセプトが「仲間とルーズに過ごすホテル」なんですが、20代・30代の方々は、仲間といる時の自分や時間をとても大事にしているんです。それはたぶん家族や恋人には見せられない「素」の自分、かっこつけなくていい安心感がある時間。そういう仲間と何をするかというのをすごく大事にしている。だからこそ、泊まる場所にはこだわらず、安さと立地で決めるという行動パターンにもなりがちです。そこに、私たちがどれだけホテルとして入っていけるか。
彼らが過ごすいちばん分かりやすい気軽な場所として居酒屋がある。価格も、そこでできることもある程度分かっていて、安心感があり、お酒を飲むと楽しい。でも心のどこかで、もう少しおしゃれな所にも行きたいし、終電も気にせず過ごしたいと思っている。
一方で、旅行となると、お互いの休みの確認から始まり、行く先ややることを決めるためにガイドブックを読んで…と、それも楽しいんだけど結構ガッツが要る。その大変さが旅行の一つのハードルになっていて、それを乗り越えた人だけが旅行に行ける。私たちは、その間を提供していきたいんですね。居酒屋に行くくらいのノリで「BEB5 軽井沢行こうぜ」って言ってもらえるようにするには、どんなホテルだったらいいかと考えました。
計画しなくても、行けば遊びがある。時間を忘れる。
金子さん:まず、計画を立てなくても、来たら遊びが用意されている。行けば楽しい。その一つがBEB5 軽井沢の中央にある「TAMARIBA(タマリバ)」なんですけど、中庭を中心にカフェやラウンジ、ショップがシームレスにつながっています。
あとはラウンジのあちこちに適当に置いてあるトランプとかおもちゃがあるんですが、適当に置いておくと、適当に遊んでくださるんですよ。一画にライブラリーがあったり。仲間の良さって、ちょっとした他愛もないことでも遊びになり、楽しさになること。そういう所が、恋人と来るのとの違いかなと思います。
金子さん:カフェも24 時間営業なんですよ。朝食は7時から9時半と決めてフレンチトーストを出しているんですが、それ以外の時間も常に営業していて、アルコールやスナックもある。居酒屋だとラストオーダーや終電がありますが、ホテルだとそれがない。せっかく仲間と過ごすのに、時間を気にしなくていい。朝食付きプランで寝坊しちゃったとしても、朝食券を持って来てくれたら、フレンチトーストは終わっているけど何かあるものを見繕って出してあげる。楽しくて夜更かししちゃいましたよね、と。
行ったら遊びがある。時間を忘れて。そこが「居酒屋以上、旅未満」の楽しさを提供するために取り組んでいることです。
金子さん:もう一つは予算。年末年始やゴールデンウィークなどになるとホテルは通常レートが変わって急に高くなり、懐事情を気にしないといけなくなる。それも彼らの旅行のネックになっています。だから私たちは、35歳以下の方であれば、1年中いつ泊まっても一律1室16,000円にしています。3人で泊まれば1人5,333円で、居酒屋に行くのとさほど変わらない。値段の部分でも「居酒屋に行くようなノリ」を後押ししています。
あくまでも仲間と、内輪で盛り上がりたい。
−ミレニアル世代はシェアの志向の人が多く、人との交流やつながりが得られる場としての宿を求めていたり、多拠点居住のライフスタイルを叶えるサブスクリプション型の宿泊施設も登場してきている中で、星野リゾートとしてはどのようにお考えでしょうか?
金子さん:今、さまざまなワーキングスペースのシェアや、各地の空き家をリノベーションして定額制で利用できるサービスもあり、そういう流れは強いと思っています。
一方でそういうシェアサービスを使うのは、かなり自由度の高い仕事をしている方か、人との出会いに非常に積極的な方だと思います。享受して楽しめる人にはとても良いサービスですが、片側で、そういう所にはちょっと緊張しちゃって行けない人もいると思うんですね、特に日本人ですし。
そう考えた時に、私たちがお客様として想定しているのは、そこまでコミュニケーションや知らない人との出会いを求めている人ではなく、あくまでちょっと内気で、仲間同士だったら自分を解放できる方々。シェアサービスに憧れてはいるけれど、そこには踏み込めない方々の受け皿がBEB5だと思っています。
仲間と内輪で楽しむのを大事にしてくれて、かつそこで体験できるイベントでは、今まで自分の行動範囲にいなかった人との出会いをサポートしてくれたり、新しい知的好奇心をくすぐってくれたりする。だから気軽に行ける。大義名分は、ちょっと軽井沢行こうよ、とか、旅行に行こうよかもしれないけど、そこに付随してシェアや価値観の共有ができる。そんな感じになればいいなと思っています。
金子さん:ゲストハウスなどは、ちょっとふらっと行って、知らない世界のバックパッカーや旅人と話をするのが楽しいということもありますが、相手がいろんな経験値を持っていて、自分も経験値を持っていればお互いに話せるんですけど、あまり旅をしたことがないとそうもいかない。
そういう意味ではBEB5はゲストハウスとも違うし、ドミトリーとも違ってちゃんと部屋もあるし。逃げ場というか、クローズドな所もちゃんと担保してあげるというバランスはとても大事だと考えています。あくまで「ホテル」でありたい。もちろん結果的に他のグループと交流が生まれるのは良いと思います。
アクティビティや体験もスタッフ自らつくる。
−日本の宿泊業のサービスクオリティやおもてなしは素晴らしいと思う反面、街とのつながりやアクティビティとの接点を作ることには、あまり積極的ではなくOTA任せの印象があります。体験やアクティビティを含めた1日をデザインすることは、ミレニアル世代以降が望む所ではないかと思いますが、お考えを聞かせて下さい。
金子さん:星野リゾートの施設はどこも、お客様がその施設に泊まることを目的にして、基本的には施設が提案するコンテンツで十分に楽しめることがサービスの方向だと思います。滞在中のコンテンツを外に依存してしまうと、万が一その地域が競争力を失った時や、コンテンツを提供していた組織が撤退してしまった場合、残された自分たちの競争力もなくなってしまう怖れがあります。
自分たちの施設に泊まることを目的に来ていただいて、そこで体験できるコンテンツも自分たちでしっかりつくることができれば、自分たちのお客様を通して地域を元気にできるし、地域が元気じゃないと成り立たない施設ではなくなる。企業として運営の持続性を考えた時には、内製でコンテンツをつくるノウハウと人材を持っておくということが、競争力になると思っています。
金子さん:それに、ここで働いでいるスタッフも、自分たちでお客様のためのコンテンツを考えるのが何よりも楽しみなんです。毎日同じ業務をしているんじゃなくて、実際にいらっしゃるお客様がどういう過ごし方をしているか感じ取ったり、この土地の魅力って何だろうと考えたり、こんな面白いものがあるよというのを自分たちの言葉で伝えたり。それをお客様が体験できるように、コンテンツとしてつくり上げて行くプロセスが、たぶんとても楽しいんでしょうね。
大塚さん:僕たちも単純にホテルの宿泊だけを売っているという感覚もないですし、滞在全体を演出しているんだという意識で、自分たちで魅力・演出を考えるというのは大事なポイントですね。
−自社として仕掛けた取り組みとして、これは面白かったなというのは何かありますか? 宿泊の体験という意味で。
大塚さん:ちょうど1年前くらいに、森の中でフィットネスをするようなコンテンツを販売したことがありました。普段の狭いジムの中で運動するよりも、圧倒的に気持ちのいい環境の中でそういう体験ができること自体も良かったですし、実際にホテルに宿泊されている方や、この辺りの別荘に滞在している方、他のホテルからいらっしゃった方が、一緒になってその場所でしか体験できない気持ちのいい時間をシェアして、自然と輪ができたんですね。そういう場を提供できたこと、一緒に経験できたことがとても良かったなぁと。
金子さん:こういうコンテンツを自分たちで考えるというのを、全施設で季節ごとに必ずやっているんですよ。BEB5 軽井沢でのアクティビティはこれから本格的に開発していく段階ですが、軽井沢で日頃から遊んでいる、地元の遊びのプロの方々と連携しながらできたらなぁと考えています。
20代・30代の地方の居場所としてのホテル
−これからの宿泊業、未来について思うことや、BEB5 軽井沢としての展望があれば、メッセージを頂けますか。
金子さん:僕は、「地方にサードプレイスを持つ」というライフスタイルを20代・30代の方が持ってくれるといいなと。首都圏に人口が集中するのは仕方がないんだけど、地方に足を運ぶ頻度や、そこに根ざしたコミュニティと交流するということを促していけないかなと思っています。
移住までするのはハードルが高いんだけど、例えばBEB5 軽井沢のような施設が、関東近郊のいわゆる観光地ではない所にいくつかできた時に、そこで出会える人との接点を持つという地方との関わり方ですね。この気軽さだから日常的にふらっと行けるし、それが一つのライフスタイルになってほしいなと。まさに2拠点生活というお話とも近いものだと思うんですが、自分の居場所を地方につくるというのを、ホテルとして促していけたらいいなというのが、私の今の思いです。
大塚さん:旅で楽しいと思える経験を自分たちでつくるというのが面白いなと私は思っているんです。きっと世代世代で何が楽しいかは変わってきていると思うんですが、それを私はつくり続けたいなと思っています。「常に旅は楽しいものである」ということを、今後もホテルを通して、BEB5 軽井沢を通して、生み出し続けたいなぁと思います。
「BEB5 軽井沢」には、2月の開業からまだ3ヶ月未満にもかかわらず、予想以上に大勢の、ミレニアル世代を中心としたお客様が訪れているそうです。
いろんな役割や立場を一旦棚に上げて、「素」の自分でいられる仲間となりゆき任せに過ごす時間。そんな気負いも狙いもゴールもない時間こそが、閉塞感のある時代を生きるミレニアル世代には必要なのかもしれません。
そんな時間を過ごさせてくれる、日常と旅の間にある場所が「BEB5 軽井沢」。コミュニティとか、つながりとか、言いすぎる必要もなく、ここへ来たらちょっと肩の力を抜ける。「BEB5 軽井沢」は、もっと気軽な地方との関わり方にも気づかせてくれる、星野リゾートの新しい滞在の形です。
星野リゾート BEB5 軽井沢 公式サイト
⇒ https://beb-hotels.com/karuizawa/